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漆・藍・土 自然と「ともに」つくる木版画 ③ 青森・山とつくる人びと

  • 09.12.2024

東京都美術館 企画展「大地に耳をすます 気配と手ざわり」の開催に合わせ、2024年8月24日(土)にトークイベント〈漆・藍・土 自然と「ともに」つくる木版画〉 を行いました。お話した内容を4回に分けてお届けします。第3回は、「青森・漆」。青森の山の手仕事の取材の中で出会った人びとと漆についてです。

第1回「青森以前
第2回「青森・藍


 

【取材と漆】

青森で取材した中で、聞きたかった話をしてくれたのが大鰐町に住むマタギ(猟師)で木地師の山中泰彦さんだった。マタギやソマ(木こり)の祖父の元で育った山中さんの、熊を打ち、木から器を削り出す話に、山の命と直接関わる豊かなことばがあり、サーミで聞いてきたことばに共通するものがあった。

 


ろくろで器を挽く山中さん

巻狩りをする山中さん

「山と直接関わる手仕事の人びとは、動植物からどんなサインを読み取り、どう自然とやりとりするのか。」

それ以来こんな問いかけを主題にし、山中さんや山の命に関わる人たちの話しことばを書き起こして、出会う自然素材に沿って作品を作っていこうと決めた。そうして6年間の取材をまとめたのが、初めての作品集『ことづての声/ソマの舟』だ。人のことばを紡ぎ出すこともまた、木や土、藍と「ともに」つくるのと同じで、取材しされるという力関係ではなく、同じ作り手として互いに呼応しながら、ともに本や作品をつくろうと心がけた。山中さんたちのことばをそのまま記録する「ことづての声」と、そのことばを受けて考察したエッセイと木版画「ソマの舟」の2つを並列して1冊の本にまとめた。

山中さんは自ら伐採した木材で器を削り出し、それに漆を塗ることもする。「漆に人間が合わせていかないとうまくいかない」。山中さんのことばは、山の動植物の立場に立って物事を見てつくることを教えてくれた。津軽弁の「あずましい」ということばは、「心地よく落ち着く、和む、気持ちがいい」の全てを意味する言葉で、山中さんは「あずましいがわかってくると、ものの見方が変わってくるかも」という。


雪があって正解。昔林業やっちゅう人は、雪の上で伐採するの。木倒して、ソリで持ってきても雪の上だから木が傷まない。山も壊れない。そういうこと配慮して伐採は冬。


怒るってことは山で怪我するってことと一緒だから。絶対人怪我しちゃダメなんだから、怒らない。

(『ことづての声/ソマの舟』より)

といったことばも、人が自然の中であずましくあるべきことを逆説的に捉えている。

 

数あるエピソードの中でも山の手仕事を象徴するのがソマの祖父・山中繁敏さんの漆塗りの笛の話だった。かつて漆の木から樹液を採集する漆掻きが盛んだった地域で、漆林の手入れをしていた繁敏さんは、自ら育てた木から樹液を掻いて漆塗りの笛を作り、その笛の音を岩木山神社のお山参詣という祭で演奏するために山でもどこでも一心に笛を吹き続けた。漆の命を笛の音に託し、それを山の神にお返しするように奉納する繁敏さんの姿勢は、山に暮らす人の自然との関わり方を象徴しているように思えた。しかし山中さんの地域では漆掻きはほぼ姿を消し、南津軽では人の手の入っていない漆の木をあちこちで見かけるのみとなった。


繁敏さんが半世紀前に掻いた漆と漆掻き道具

繁敏さんの漆塗りの笛

人と漆の木の関係について知りたくて、今でも漆掻きの盛んな岩手県浄法寺町と、漆掻き道具を作る鍛冶屋のいる青森県田子町へと取材の足を伸ばした。浄法寺町では漆掻き職人で塗師の鈴木健司さんには漆の木とどんなやり取りをして漆を掻いているのかを、田子町では中畑文利さんに漆掻きの環境の変化などを教わった。山の動植物とのやりとりを理解する背景となったインタビューは、今では聞くことの少なくなった漆掻きやマタギ、ソマのことばを伝えてくれる。詳しくは『ことづての声/ソマの舟』を読んでいただきたい。

繁敏さんの残した声と笛の音声はこちらから聴けます。